音楽とか、考え事とか

日々考えたことを書いています。

自分の殻に閉じこもる、なんていうけれど・・

誰にもココロを開かない人のことを「自分の殻に閉じこもっている」なんて言いますが、これってちょっとニュアンスが違うと思うんですよねー

 

正確には「殻に閉じこもる」のではなく「殻が割れないように守っている」状態なんです

 

自分自身が硬い殻の中に隠れているのなら、情報は遮断され周りのことに無頓着になるはずです

でも「殻に閉じこもっている人」って周りで起こることにものすごくビンカンで、何気ない会話なんかにも過剰に反応しがちなんです

 

なぜか?

 

殻の中に閉じこもっているのではなく、大きな殻を抱きかかえて自分自身は殻の外に出ているからです

 

そうして殻が割れてしまわないように、周りに神経を使い常に警戒しているんですねー

だからちょっとした刺激にも過敏に反応してしまうんです

 

殻を抱えながら周りで起こる刺激に背中を向け、ときに威嚇し、大事な大事な殻を世間から遠ざけようとしています

 

でも実は、その殻を割ろうとしている人なんて周りには誰もいません

可能性があるのは他でもない自分自身だけなんです

 

つまり、自分が割るかもしれない殻を、自分の手で守っているということになります

 

だからいくら守っても安心できず、トゲトゲしくなってしまうんです

攻撃者と守り手が同じ人物ですからね、探偵が犯人みたいなもんです

 

なぜこんなおかしな事をしてるんでしょうか?

 

ポイントは「殻の中には何が入っているのか?」ということです

 

なんだと思います?

見栄?プライド?アイデンティティ??

 

それもあるのですが、最も大事なのは「傷つけられた記憶」です

 

子供の頃や思春期の、まだココロが柔らかく傷つきやすい時期についた深いキズが殻の中には入っているんです

もし殻が割れてしまうと、真空パックで冷凍された状態の「当時のままの新鮮な記憶」を鮮明に思い出してしまい、それによって再び傷つけられてしまいます

 

だから、そうならないように必死に守ってるんですねー

 

でもそんな不自然な状態のまま過ごしても、満足のいくいい人生をおくるのは難しいんじゃないかな

いつもビクビクしている状態ですからね、不安は生活を歪ませてしまいます

 

それに、そうやって誰にもココロを開かないと、同じように誰も自分に対してココロを開いてくれません

周りにいる誰かと「一緒にいるだけで心地いい」ような信頼関係を築くのが難しいんです

 

友達は数ではなく深さです

自分をさらけ出せる相手が周りにいるかどうか?

それが人生の満足度に大きく関わっていると思います

 

「いや自分は一人でいいよ、ラクだし」なんて言ってても、困ったときに助けてくれる人がいないのはホントに寂しいですからねー

 

大事な人とは親密になるにはやはり、抱えているその大きな殻を割るしかないですね

そして中に入ってるものとシッカリ向き合って、消化するしかありません

 

中に入っている鮮明な記憶はどうやっても忘れられないし、無かったことにもできません

だからこそ殻に閉じ込めて見ないようにしてきたんです

 

逃げずに、シッカリ思い出して、客観的に分析して、それによって得たものと失ったものをキチンと把握しましょう

 

真空バックから取り出して解凍し、ゆっくり噛みしめて消化してしまうんです

それがいわゆる「過去に囚われない」ということになります

そうしてやっと、自分の人生を自分の足で歩けるんじゃないのかな

 

「過去は変えられない」「変えられるのは未来だけ」

 

よく聞く言葉ですね

まさにそういうことです

 

ではでは