音楽とか、考え事とか

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日々考えたことを書いています。

RADWIMPSのフィルムライブで「PAPARAZZI~」を見て、ものすごい違和感を感じた

先日、RADWIMPSの2019年ツアーを映像化して映画館で上映する「フィルムライブ」に行ってきました

 

いやー、映像とはいえやっぱサイコーですねー

ライブにめちゃめちゃ行きたくなりました

 

とくに「正解」(という曲)、ありゃ泣きますね、まちがいない。

映像でも涙ぐんでしまったので、その場にいたらきっと号泣だったでしょう

 

相変わらずいいライブをするいいバンドですね〜

 

んで本題ですが、その中盤あたりで演奏された

 

「PAPARAZZI~※この物語はフィクションです」

 

に、ものすごい違和感を感じたんです

 

いや、パフォーマンスはものすごかったんです

歌詞だけじゃなく声のトーンや表情まで、怒りをむき出しにして、鬼気迫る緊迫感がありました

 

違和感を感じたのはオーディエンスの反応のほうです

 

この曲を知らない方は、とりあえず聴いてみてください

 

www.youtube.com

 

ね?スゴイでしょ??

怒りをそのまま歌詞にぶつけたような、ヒリヒリする曲なんです

 

ぼくは初めてこの曲を聞いたとき、胸ぐらをつかまれたような気がしました

なので、ライブ会場でも水を打ったように静まり返ると思っていたんです

 

でも違った。

 

手を叩いたり、ヒュー!と叫んだり、演奏後には他の曲と同じように拍手と歓声が起きていました

 

・・違うだろ。

 

この歌詞はパパラッチをする記者に対して、ズケズケと家族の生活に土足で踏み込んでくるリポーターに対しての、我慢しきれない怒りをぶつけているんだと思います

 

でも本当は、そいつらが書く記事やリポートの、その向こうにいる「野次馬」に対しても、同じように、もしくはそれ以上に怒っているんです

 

そんなことを感じ取ったら「この曲で盛り上がる」なんて、ちょっと考えられません

 

まあ、もしかしたらラッドのコアファンとメンバーの間では、もっと深い部分での理解があるのかもしれません

僕ぐらいのニワカファンにはワカラナイ、心の根っこ部分での共鳴があるのかもしれません

 

でも映像を見る限りでは、とてもそんな風には見えませんでした

 

自分たちも「そんな野次馬」になる時があることを自覚してないのかな?

 

有名人の熱愛がトピックに上がってても、一度もクリックしたことのない人がいます?

テレビのチャンネルをワイドショーに合わせたことのない人なんて居るのかな?

 

この歌は「野次馬が最も罪深い」ことを突きつけてるんですよ

 

それを、ライブ会場で、生で聴いて

 

「自分もそんな瞬間がある」

「自分も加害者の一人だ」

 

と思えたら、無邪気に拍手なんてできないでしょ

 

映像ではわからなかっただけで、盛り上がってたのは一部のニワカファンだけであってほしい

 

大半は真摯に受け止めていたと信じたい

 

そんなことを思いました

 

 

メディアに限らず

 

「需要があるから供給がある」

 

これが基本です

 

ではでは