音楽とか、考え事とか

日々考えたことを書いています。

結果的に「いい人」なのは「本当のいい人」ではない

思いのまま行動しているのに「いい人」だといわれる人がいますが、それは「結果的」にいい人なだけです

そういう「天然型」のいい人は、あまり深く考えずに思いつきで行動した結果がたまたま評価されてるにすぎず、時代が変わるとその行動はそのままでも周りの評価が「いい人」でなくなる可能性があり、注意が必要です

 

例えば、いつもニコニコしてどんな頼み事でも聞いてくれる人って昭和の頃は「いい人」と呼ばれていましたが、今の時代は「お人好し」「便利なやつ」になる可能性が高いでしょう

上手く利用されるだけのことが多く、使うだけ使われてポイされたりすると「いつまでも報われない」状態になってしまいがちです

「いいことをしている」という自己満足に浸ることはできますが、それだけ生きていくのはなかなかに大変そうですね

 

では「意識的」にいいことをしている人はどうでしょうか?

 

自分が本当は「いい人間」ではないことを自覚してて、それを踏まえた上で意識して「いい人」であろうとしてると努力している人のことです

「努力型」のいい人ってところでしょうか

 

こういう人はよく「偽善」なんていわれることもありますが、そう言われることも理解した上で行動しているのでその程度では信念が揺らぐことはありません

努力型の人には「覚悟」があるんですね

 

僕はこういう人こそ本当の「いい人」だと思います

 

努力型の人は自身を客観視する視点も持っているし、常に自分の行動や言動をモニタリングしています

その上で意思決定しており「誤解されてバッシングを浴びる」ことがわかっていても「いい結果をもたらすこと」に邁進します

自身の評価よりも結果を重視すると言い替えてもいいかもしれません

 

いい事をして褒められて得意になっているレベルの人間とは全く別の次元に立っているんですね

 

「いい事をしたい」「いい人になりたい」そう考える人はどれを選択しても構いませんが「いい人と言われたいのか?」「いい結果をもたらしたいのか?」それをしっかり意識する必要があると思います

 

ではでは

 

 

偽善については以前にも書いています

 

rikutukoneo.hatenablog.com