音楽とか、考え事とか

日々考えたことを書いています。

勝てるゲームを選ぼう!

「妬み」についていろいろ考えていたのですが、「平等感」がキーワードなのかな?って思いました

 

みんな同じだと思っている集団で、ある日「頭ひとつ飛び出す」人が現れるから妬みが生まれるんですよね

そして「足を引っ張る」ヤツが必ずでてきます

 

学校で延々と平等感を植え付けられたのも背景にあるのかもしれません

妬みと平等感は密接に関係してるのかな?と今更ながら気づきました

 

でも世の中に「平等」なんてあるのでしょうか?

あるとしたらそれは「作られた平等」でしかないんじゃないかな

 

生まれつき持って生まれたものが違う時点で平等なんてありえません

足が速い子、暗記力がすごい子、絵が上手い子、歌が上手い子、集中力のない子、すぐに機嫌が悪くなる子・・

それぞれ個性があって得意不得意なものは違いますよね

 

それを無理やり平等にしようとするからひずみが生まれて、シンドくなってしまうような気がします

 

そして、平等感を植え付けられた結果「あいつにできるんなら自分にも」とか「頑張れば必ず報われるはずだ」みたいな幻想をいだいてしまうんですねー

 

いやいやいやいや

 

できることには個人差がありますから、いくら頑張ってもできないこともありますし、努力が報われないこともアタリマエにあるんです

生まれつき才能がある人はすぐにコツをつかんで成果も出やすいですが、才能がない人は努力すればある程度までしか習得できません

 

双方が得られる成果にはかなりの差があったりして、それが世の中ってもんです

 

じゃあ「生まれつきの才能が全てなんですか?」って話なるんだけど、これって「才能がない人間はどうすればいいんですか?」ってことを言ってるんですよね

いやいや、しっかり自分と向き合ってください、なんの才能もない人なんているはずがありません

大事なのは自分が向いている分野をしっかりと意識して、そこで効果的に頑張ることなんだと思います

 

自分にはどんな才能があって、それを生かせるのはどんな分野なのか?

まずはそれを見極めるのが第一歩です

 

ようは「勝てるゲームで頑張ろう!」って話、間違って選んでしまった分野だといくら頑張ってもジリ貧になるだけです

「なんか違うなー」と思ったらさっさと撤退しましょう

モノにならない努力を続けるのは時間がもったいないですし、 ガムシャラに頑張ることが必ずしもいいこととは限らないんです

 

でも平等感を植え付ける側の人は「お前だって頑張ればいつか成果が出る、諦めるな」なんて言ってきたりします

 

いやいやいやいや

 

その分野で本当に勝てるかどうかしっかり分析してあげました?

向いていないのに「努力には価値がある」と思い込んで押し付けていませんか?

 

それで成果につながらなかったらどうするの?

「頑張ったことはムダにはならない」って言うつもりとか?

 

まあ、クラブ活動ならそれでもいいと思うんですよ

「大会に優勝!」という成果に辿りつけなくても、努力した事自体は人生の糧になります

つらくても歯を食いしばった経験は人生のいたるところで役に立つでしょうし、仲間で助け合ったことで一生の友達ができるかもしれません

 

でもそれが仕事になると全く別の話になってきます

 

契約も取れないのにガムシャラに頑張っても誰も評価してくれないし、徹夜で仕上げた資料も出番が来ないかもしれません

 

ただ頑張るだけでは意味が無いんです

 

しかも「成果が出ないのに努力を続ける人」は報われないハライセに頑張ってるアピールをするようになったり、あえて効率の悪いやり方を採用してやたらと時間をかけるようになったりする

 

こうなると周りはウザいだけです

 

どうやれば成果につながるかをしっかり考えて、場合によっては上司などに相談して

最短でゴールに辿り着くように努力をしましょう(アタリマエデスガ)

 

正しく頑張った人はそれだけ成果が出やすく評価されやすい

世の中は平等ではなく公平なんですよねー

 

いくら頑張っても成果につながらないのなら頑張り方を変えてみましょう

それでもダメなら向いてないんですよ、さっさと撤退して向いている仕事につくべきです

 

日本は自由な国ですから「退職する自由」も「転職する自由」もあるんです

向いていない分野で心をすり減らすより、勝てるゲームを選びましょう

 

 

そうすりゃ仕事も楽しくなりますよ

 

ではでは