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理屈こねおの理屈をこねるブログ

日々考えたことをこねくり回して書いています。

美術館では先に説明を読んでから確認作業するより感性で楽しもう!

美術館に行くと

「横に貼ってある説明書きのプレートを先に読んでから作品を鑑賞する人」

をよく見かけます

 

これってどうなの?というお話です

 

そのプレートには作者のプロフィールや時代背景

使用されてる技法やその作品に対する評価なんかが書いてあるんですけど

 

そんなものを先に見てどうするんでしょうか?

 

アートの楽しみ方は人それぞれなので基本的には好きにすればいいんですけど

他人の評価とか作品の説明を先に見ると先入観が入ってしまいます

 

「明るい配色の空と暗い海の対比が秀逸」なんてかかれてると

「ほお~なるほど、たしかにそうだね」ってなるでしょ?

 

説明を先に見てそれを確認する作業が「アートを楽しむ」ことだとはどうしても思えないんですよね

ミシュランで星がついてるからそのレストランに行ってるようなもんです

 

そうじゃなくて

 

まずは自分の目で見てそこからいろんなことを感じて

その後で読むもんでしょ?説明書きって

 

「天気が良いのになんだか海が暗いと思ったけど、そっか、対比を強調してたんだな」

ということを後から確認すればいいんです

 

自分はこう感じたけど、なるほど、こういう見方もあるか

というのがアートだと思うんです

 

偉い人が書いた評価なら的を射て入るんでしょうけど

そんなのが見たいならネットで検索すればいくらでも出てきます

 

そうじゃないでしょ

 

何百年も経っているのに人々を魅了してやまない

そんな作品のエネルギーを感じに行くんじゃないんですか?

 

僕はアートを楽しむようになってまだ数年しか経ってないので右も左も分からない初心者ですが

それでもこういう楽しみ方にはすごく違和感を感じます

 

そもそも本当に楽しんでるのか?とすら思ってしまいます

 

アートって本当のことは作者にしかわかりませんし

作者自身も気づいていないこともきっとあるでしょう

 

そういう曖昧なものは感性で楽しむしかありません

右脳で観る、ってやつですね

 

誰が書いたかわからない説明を先に見てわかったような気になるのは

なんだか悲しくないですか?

 

以前に見に行った印象派の絵画を集めた展覧会で

モネの「アンティーブ岬」という作品の前で動けなくなりました

 

その展覧会の入口付近お入ってすぐのところだったのですが

いきなり立ち尽くしてしまってそのまま20分ぐらいは観ていたいたと思います

 

これじゃ進まないなと思って後ろ髪を引かれながら先に進んだのですが

結局最後まで見てもその作品を超えるものがなく(あくまで主観です)

出口前から逆戻りして再度その作品を2~30分ほど鑑賞しました

 

その作品の横に説明書きはあった気がしますが

何が書いてあったのか全く覚えていません

 

でもその作品から感じたエネルギーは今でも鮮明に残っていますし

ネットで画像を見るだけでその時の感動が再現されます

 

これが僕の楽しみ方です

 

美術館は入場料が1500円ぐらいで「すごく安い!」とは思わないのですが

心を鷲掴みにされるような作品が一点でもあれば全く高いとは感じません

 

元をとってお釣りが来るぐらいの感覚です

 

先に説明を見てから作品を見ても感動はしたと思うのですが

最初に受ける衝撃はやっぱり違ってくると思うんです

 

 自分の感性に自信がないから説明に頼るんでしょうか?

いいじゃないですか、もっと自由に感じましょうよ

 

解釈が間違っていても気にすることないですし

誰に咎められることでもありません

 

自分が楽しめればそれでいーんです

 

そのほうが絶対楽しいはず!

 

ではでは