音楽とか、考え事とか

日々考えたことを書いています。

自分探しとはなんぞや?

自分探しが以前ちょっとしたブームになっていましたが、今はどうなの?まだみんな探してるのかな?

 

ところでこの「自分探し」ってどう捉えています?

っていうかどうやって「自分」を探しますか?

 

よく、自分探しのためにバックパックで海外旅行に行くような話を目にしますが、これってホントに自分が探せているんでしょうか

 

海外に行くと日本では考えられないような目に遭うことがあります

それに対応するために(必要に迫られて)タフになりますし、頻発すると慣れてしまって少しぐらいじゃ動じなくなります

 

つまり、図太くなるってことですね

 

そんなこんなを乗り越えたて逞しくなって帰ってくると、何かホントの自分が見つかったような気になりますけど、これって単純にタフになっただけですよね?

 

もちろんいいことなんですよ

 

何かあってもアタフタせずに今できる中で最善を尽くしたり、何とかなる!精神で知らない世界にも飛び込んでいけたり、これって世の中を生きていくのにものすごく役立つスキルだと思うんです

 

タフになった「変わった自分」を実感できますし、まわりからも「お前、変わったな」って言われることもあるでしょう

それで人生がいい方向に展開して充実した毎日を送ることができればサイコーです、旅行に行った甲斐もあったってもんです

 

でもこれホントに「自分を見つけた」っていえるんでしょうか?

僕はどうも違うんじゃないかと思っています

 

自分探しってタフになることじゃなくって、 本当に自分が好きなものを見つけることなんじゃないのかな

自分が好きなものって案外自分でも把握しきれてないし、今まで興味がなくて全く手を出してない分野もいっぱいあるでしょ?

 

たとえば「好きな画家は誰?」って聞かれて即答できますか?

 

「私はモネが好き」という人でも、んじゃ抽象画では?宗教画では?と細かく答えることができるでしょうか?

 

このときに「宗教画は興味がないから見に行ったことがない」ではダメだと思うんです

もしかしたら心を打たれる宗教画に出会うかもしれないのに、思い込みで可能性をつぶしてしまっています

 

「宗教画は一度見に行ったけど何も感じなかった」ならいいんです

「やってみたけど好きじゃなかった」って確認できてていればそれでOK

 

人生なんてやってみないとわからないことばっかりですから、やってみて楽しくなかったらその道は進まなくてもいいですよね

大事なのはほんの少しでも興味があったり、興味のあることのすぐそばにある分野は、面倒くさがらずに体験してみるべきだと思います

 

興味が持てなかったらすぐやめればいい、そんなことに貴重な時間を使ってるほど人生は長くありません

美術館に行くのがいつも絵画目当てなら、陶磁器、彫刻、建築なんかも試してみてはどうでしょう

 

陶磁器と彫刻はダメだったけど建築は好きな建築家が見つかった!

ということが起こるかもしれません

 

そうやって好きなものとそうでないものに振り分けていくことが「自分探し」だと思っています

 

自分で行動して見つけた「好きなもの」に囲まれて暮らすのが理想的だと思うんです

 

ではでは